パチンコ依存症

パチンコ依存症が社会問題となったのは、2005年あたりです。

「そんなはずはないだろう。クレサラ問題が浮上したあたりでは、パチンコが問題視されていたはずだ。」と思うでしょう。

たしかに問題視されたのはすっと前です。

しかし「依存症」という言葉として認知され、対策が練られ始めたのが2005年なのです。

「プロセス嗜癖」と呼ばれるもので、ギャンブル依存症の中のひとつです。

依存症に至る原因が競艇であれば、競艇依存症なのです。

パチンコの大当たりの時には能から大量のβ?エンドルフィン、ドーパミンといった脳内麻薬が分泌されます。

β?エンドルフィンはストレスなど生涯刺激によって産生され、モルヒネ同様の作用を示し、鎮痛や鎮静への働きかけはモルヒネの6.5倍だそうです。

ドーパミンは脳に対して「やる気を起こす指示を出す物質」です。

これは報酬型のサイクルに関与し、例えば「勉強すると褒められる。褒められるとうれしくなる。うれしくなると俄然やる気になる」というプロセスの「俄然やる気になる」時にドーパミンが出ているのです。

そのうちに褒められなくても「やる気物質ドーパミン」は出るようになり、その行為を継続して行うことになるのです。

これをパチンコに置き換えると「パチンコを打つ。当たる。当たるとうれしい。俄然打つ気になる。当たらない時でも俄然やる気になって頑張り続ける」ということなのでしょう。

当たらないのに頑張り続けることは大変なストレスですから、その間少しでもストレスを軽減するためにβ?エンドルフィンが出ているのかもしれません。

大当たりの時にも大きな負荷が精神的にはかかっているでしょうから、出ているかもしれません。

ハマっている台に座り続けて大負けしている人は、このドーパとβ?エンドルフィンが適度に出ているので座り続け、なおかつ負けにストレスを感じないまま(少なくともその時は)でいられるのでしょう。

焦燥感や後悔といったものが表れるのは、なにもかも終わった後でしょう。

パチンコ生計

私はパチンコで生計を立てていた時期がほんの4年ほどあるのですが、自分でパチンコ依存症にならなかった訳を考えます。

パチンコが楽しかったかと言われると、全く楽しくなかったわけです。

生活するためにパチンコをする人間が「楽しみ」のために打ってたんじゃ、仕事になりません。

大当たりして当然ですし、大当たりしなければ地獄です。

ハマっている台をいつまでも相手にしているわけにもいきません。

当たって当然(と思い込んでいるところがスゴイですね)ですから、あたってもさほど喜びはない。

一日の終わりに「仕事が終わった安堵感と明日の作戦」を練らなくてはならない。

大変孤独で、一日に誰とも話すらしない生活です。

β?エンドルフィンが出てくれていなければ大変なストレスと生身で戦っていることになるのですから、身体は持ちません。

勝ち続けていても「体力的に限界だ」と思う時期が来ますからとっとと辞めたのですが、ドーパとβ?エンドルフィンが出なければ、依存症に成り得ないわけです。

経験則に忠実に動く意志と、この二つが出ないパチンコをすれば勝ち続けられる可能性があるでしょう。

今でもやはり打てば勝ちますが、相変わらず大して面白くもないわけです。

お金を数えるのは大好きです。

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